2012年4月11日水曜日












2012年2月12日日曜日

石巻へ

二度目。今回のボランティアバスツアー先は石巻、牡鹿半島の大原浜。

途中でまず、津波の爪痕がそのまま残る石巻市内のありさまを目前に突きつけられる。
有名な大和煮の缶詰を模した赤い看板もゴロンと転がったまんまだ。

さら地に点在する瓦礫の山は、前回のボランティア先でもすでに目にしていた。
しかし、津波に飲まれて使い物にならなくなった車が何段にも積み上げられ、道に沿って縦横をつらぬく長い壁となっていたのは、これまでに見たことのない光景だ。
この創造された廃墟に唖然となる。

そこからさらに牡鹿半島へとわけ入り、辛うじて津波から逃れた公民館に設えたボランティアセンターで作業の説明を受けて、いよいよ現地に向かう。

大原浜。そこは浜といえど、地盤沈下によって砂浜は完全に消失している。
夏になると海水浴客でにぎわう、というような風景は、この先も当分は見られないだろう。 今はこれ以上の波の浸食を防ぐべく、海岸づたいにテトラポットがすき間なくおかれているのが痛々しい。

今回の作業は神社の参道のわきにある、ちょっとした高台のさら地に散らばる家の残骸、木片、瓦やガラスの欠片、コンクリート片などをより分けて片づけるという内容。
しかし、ここは冬が過酷な東北、土がカチンコチンに凍っていて、それらが埋まっている周辺をスコップで削ってほじくり返すのにとても苦労する。

休憩時間に陽光にきらめく海を見る。

何て綺麗なんだろう。

この高台から見る海はどこまでもとても穏やかで、それから敵意などは微塵も感じられない。 ここで同じように海を見て、きっと同じように思った人たちが、その同じ海に命を奪われたということをどうしても理解することができない。

その不可解を埋めるのが、復興ということなのだろう。

ボクらのしていることは微力で、成果もすぐに目に見えるようなものでもない。だけど、Googleの検索窓に知りたいことを打ち込めばすぐに答えが返ってくるようにはなっていない、っていうのが、ゼロからのはじまり、ってことなんだろう。

これだけ成熟して、多くは老朽化した日本において、こうしたゼロから始まるってことに居合わせるのは、そうそうないことだ。そういうのを敏感に感じとってるのだろうか、春休みを利用して、この機会に参加してる大学生が多くいたことに胸が熱くなる。

そして、彼らに胸を張れるような社会になっていない日本の体たらくに、ボクら大人は猛省せねばならない。
もう、過去の余韻である石原慎太郎などに責任をなすりつけるような時代とは決別して、アップデートしなくては。

2012年2月5日日曜日

焼鳥

ずっと懇意にしていた焼鳥屋がある。 とにかくとても美味しい。しかも安い。 そんな店に20年ほど通っていたのだが、 一昨年、訳あって閉めていた。 それが今年になってから奇跡的に再開。 とても嬉しかった。

これはとてつもなくうまいレバー。